2015年11月9日月曜日

 妻に捧げるリスペクト

一緒にテレビを見ていると思ったのに、問いかけに返事がないのでふと見ると、ソファで寝入っていた。
タオルケットをかけてやろうとすると、腕に刻印された無数の内出血の青ジミが我が目を射る。
子供たちにひっかかれたり、掴まれたりした跡だろう。

出会ったときは、すでに保育士になって1年だった。
S学園は視覚障害児の施設。
彼女はそこで日々、奮闘していた。
僕は彼女と、闘争の場で知り合った。

熊本の在日韓国人青年が、留学先の母国、韓国でスパイ容疑で逮捕された。
1975年、朴軍事独裁政権下で起きた事件だった。
留学生に下された判決が、死刑。
すぐに日本で支援団体が結成され、僕と彼女が加わったのだ。

以来、40年、僕は彼女と人生を共に過ごしてきた。
いつも妻としての顔しか見て来なかった僕が、あるとき、彼女の職場へ行く機会があった。
そこで、十人ほどの自閉症児を相手に、一生懸命、遊戯を教える彼女の姿を見ることになった。

子供たちの誰ひとりとして、言うことをきかない。
あっちをウロウロ、こっちをウロウロ・・。
とても、収拾できる状態ではないところを、彼女は懸命にまとめ、集中させようとしている。

僕は、感心した。
とてもあんなことは、できない。
このときほど、妻を尊敬したことは、なかった。
そこにあるのは、今まで自分が知らなかった、職業人としての妻だった。

腕の青ジミをさすってやって、タオルケットをかけた。
「お疲れさま」
そう声をかけても、彼女は寝息をたてるだけだった。


 

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