2015年11月12日木曜日

助手席のひと

(ホラー話です。こわがりの方は、明るいときに読んでください)

単身者の引っ越しの依頼を受け、ひとりで出かけた。
Y市の近郊まで、トラック一台分くらいの引越し荷物を積みに行き、わがK市まで運ぶ。
灰色の空は低く、暗鬱な国道を走る車はまばらで、目立つ渋滞はない。
3時間ほどで、目指すワンルームマンションに着いた。
数週間前、依頼の電話がかかってきたとき、年配の男性の声だったので、単身赴任のお父さんが、めでたく帰郷するのかなと思っていた。
行って見ると、僕よりすこし上くらい・・・団塊世代くらいの男性と、奥さんと思しき女性が荷造りをしている。
ふたりとも「よろしくお願いします」と言ったきり、無言でもくもくと作業をつづけている。

まあ、長年こういう仕事をしていると、いろいろなお客様に接する。
僕は別段、気にすることもなく、搬出作業にとりかかった。
ただ、不審な点があった。
窓際に置かれていた、たくさんのぬいぐるみ。
布団やカーテンの色がピンクだし、ビニール紐で括られた本や雑誌は、若い女性向けのものばかり。
あの団塊世代の持ち物とは、とても思えない。

僕は想像した。
この部屋に住んでいたのは、あの夫婦の娘かもしれない・・。
そういえば、奥さんがブーツやスニーカーなどの靴類をダンボールに詰めているのを、横目で見たとき・・。
小さなハイヒールを、愛しそうに撫でて、なんだか涙ぐんでいるように見えた。
夫婦の重い悲しみのようなものが空気を伝って僕にも感じられた。

「そうか・・・。」

きっと、この夫婦は、娘を亡くしたばかりなのだ。
故郷から離れたこの地で、思いもかけないことで命を落とした娘の、その後始末にやってきたのだ。
だから、あんなに空気が重く、澱んでいるのだ。
だからと言って、根堀り葉堀り、事情をきくわけにはいかない。
しかし、きっとその想像は、間違いのないところだろう。
僕は、厳粛な気持ちで作業をつづけた。
荷をすべて積み終わったのは2時間後。
すでに、正午近くになっていた。
夫婦は新幹線で先に帰って待っているという。
僕は、夫婦に挨拶をして、来た道を戻りはじめた。

なんとなく身体がだるく、頭痛がして、つらい道行(みちゆき)だった。
途中のS市あたりで、信号待ちのとき、反対車線に仕事仲間のトラックが止まっているのに気づいた。
彼はいつものように手をあげて合図をしたが、それを返すのも億劫なくらい、頭痛がひどくなっていた。
信号が変わって、そのまま彼とすれ違い、しばらく走ると海底を通るトンネルが見えてきた。
それを抜けながら、あと少し、あと少しと念じ、ずっと歯を食いしばっていた。

それから数日、寝込んでしまった。
頭痛に耐えながら、あの夫婦の家に荷卸ししたのが、こたえたのだと思った。
心配したのか、S市ですれ違った仕事仲間が電話してきた。
僕は布団のなかで携帯を耳にあて、少し、雑談をした。
「そういえば・・」彼は思い出したように言った。「こないだ、S市を走ってたな」
「ああ、Yからの帰りだ」
「なんか、若い女の子を横に乗せていたじゃないか」
「え・・・?」
「髪が長くってさ、真っ赤なルージュ」
「い・・いや、オレはひとりだったぜ・・・」
「嘘をつけ!むちゃくちゃ美人だったじゃないか。顔はなんだか蒼ざめた感じだったけどな」
「・・・・。」
「まあ、まさか愛人ってわけじゃなさそうだし、お客さん?」
「・・・そ・・・そうかもしれない・・・」
「おい?どうした?なんだか苦しそうじゃないか?」

布団の上に、何か大きく黒いものがまたがって坐っていた。
その重さで、息もできないくらいに苦しい。
そして僕の脳髄に、そいつは、あの町に置いてきた、さまざまな未練について語り始めた。



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